2007年04月29日
活動休止。
ユリイカは5/27のライブで活動休止になります。
自分としてもやはり残念な気持ちでいっぱいですね。
かと言って止まってもいられないので
新しいコトをがんばっていこうかと思います。
6/2は名古屋でYOMOの追悼ライブと言うと
大袈裟ですが、YOMOの曲を1、2曲やってっきます。
10年も前の名古屋でのバンドメンバーと共に。
懐かしいなあ。
墓参りも行ってこようかな。
2007年03月29日
やっぱり。
先日の記事で、ユリイカのことに
触れましたが、
いろいろ考えてゆく上、
「活動休止」も含めて今後のコトを
考えるようにしました。
あくまで個人の考えであって
実際の「ユリイカ」で
そうなると決定したわけではないですけど。。
そーゆーこともあり得るよ
と、ゆーことです。
ですので四月のユリイカのライブも
調整中。未定です。
個人的な四月からの活動も練り直しだわ。
色々あるんやって、大人は。。
ん〜、オレどうしよう。。
2007年03月22日
20代最後に、
なっちゃったやんかー
いつのまにか。
ユリイカは表向きには活動休止なの?
と思われるぐらいの動きになるかな。
4月はライブ1本。
そのかわりレコーディングしてます。
今までよりも最高の音源をつくるために。
活動休止はしませんが、イベント等も
今年はあまりしないかも。。
あくまでも更に成長する為ですが。
オレ個人はすんごい忙しくする予定。
新しい活動を始めます。
4月からやります。
がむばります!
いつのまにか。
ユリイカは表向きには活動休止なの?
と思われるぐらいの動きになるかな。
4月はライブ1本。
そのかわりレコーディングしてます。
今までよりも最高の音源をつくるために。
活動休止はしませんが、イベント等も
今年はあまりしないかも。。
あくまでも更に成長する為ですが。
オレ個人はすんごい忙しくする予定。
新しい活動を始めます。
4月からやります。
がむばります!
2006年10月14日
久しぶりの名古屋。
実に楽しかった。
10月5日に名古屋に帰ったよ。
とにかく呑み倒した一週間やった。
5日は着いてすぐ、「白木屋」で22時頃から朝3時くらいまで中学からの馴染みでヨモとは幼稚園から一緒のさっちゃんと飲んでました。
6日はヨモのお母さんと妹とお昼から会い、家に帰って1人呑み。
7日は昼はおかんと過ごし、18時頃からまたさっちゃんと居酒屋「たぬき」、スナック、Bar「Day's」とはしごして家に帰ったのは朝6時。睡眠は2時間程度。
8日は超二日酔いの中、親友と俺の姉の結婚式。お昼前から15時まで友達の式で飲み、16時から姉の式で飲み、19時頃から3次会に参加で23時まで飲み。さすがに死ぬかと思った1日でした。
9日はヨモの墓参り。三重の山奥の墓にいってついでに温泉に行き、そのまま名古屋の「フライングダッチマン」という店で飲み、マスターとBarや寿司屋をはしごして家に着いたのは次の日のお昼前。即布団へ
10日は18時過ぎにまたまたさっちゃんから電話がなり友達のママがやってる居酒屋「楽らく」に飲みに。そのままさっちゃんと23時にまたダッチマンへ行き、次の日の朝9時まで飲みあかし、「すがきや」でラーメンを食べて帰宅。死ぬつもりで寝る。
11日、夕方起きて、夜22時30分に東京に着いてそのまま仕事場へ。。
ハード過ぎた。
もう血液が酒だがや。
10月5日に名古屋に帰ったよ。
とにかく呑み倒した一週間やった。
5日は着いてすぐ、「白木屋」で22時頃から朝3時くらいまで中学からの馴染みでヨモとは幼稚園から一緒のさっちゃんと飲んでました。
6日はヨモのお母さんと妹とお昼から会い、家に帰って1人呑み。
7日は昼はおかんと過ごし、18時頃からまたさっちゃんと居酒屋「たぬき」、スナック、Bar「Day's」とはしごして家に帰ったのは朝6時。睡眠は2時間程度。
8日は超二日酔いの中、親友と俺の姉の結婚式。お昼前から15時まで友達の式で飲み、16時から姉の式で飲み、19時頃から3次会に参加で23時まで飲み。さすがに死ぬかと思った1日でした。
9日はヨモの墓参り。三重の山奥の墓にいってついでに温泉に行き、そのまま名古屋の「フライングダッチマン」という店で飲み、マスターとBarや寿司屋をはしごして家に着いたのは次の日のお昼前。即布団へ
10日は18時過ぎにまたまたさっちゃんから電話がなり友達のママがやってる居酒屋「楽らく」に飲みに。そのままさっちゃんと23時にまたダッチマンへ行き、次の日の朝9時まで飲みあかし、「すがきや」でラーメンを食べて帰宅。死ぬつもりで寝る。
11日、夕方起きて、夜22時30分に東京に着いてそのまま仕事場へ。。
ハード過ぎた。
もう血液が酒だがや。
2006年07月14日
ヨモちゃん。
オレに「音楽」というものを教えてくれた人物。
オレに「東京」というものを教えてくれた人物。
オレに「アホ」というものを教えてくれた人物。
蓬田 典孝 『ヨモギダ ノリタカ』
みんなからはヨモちゃんと呼ばれた。
出会いは中学入学したてのまだ部活見学をしていた頃。
いきなりオレの前に現れて最初に口にした言葉は
『オレ、ヨモギダノリタカ。友達になろうぜ!』
どこの青春マンガでもこんな台詞は聞いたことがない。
こいつはアホかと思った。
が、
まさかこのアホがオレにとって、最も古くからの
そして最も親愛し、いまだに憧れる友達になるとは
この時は知る由もない。
間もなくヨモとは親しくなっていった。
ヨモはオレにはないもので、羨ましいと思える全てを持っていたから。
当然、皆からも愛されていた。
彼が言うこと為すことどこか憎めない。
それでいて常に笑顔。
笑顔が様になっていたからだ。
そして、何よりも優しい。
みんなヨモのことが大好きだった。
ヨモがいる所には常に人が集まっていた。
オレもその中の一人だった。
当時、彼は先端なモノに敏感でカッコ良かった。
その一番がギターだった。
何人もギターを弾いている奴はいたが
うまさもセンスもヨモはずば抜けていた。
特に「 X 」のHIDEのパートなんかを弾かせたら、
完璧なんじゃないかと思うくらいだった。
そう、オレらは『 X 』に憧れていた。
そしてヨモに薦められてオレはベースを買った。
文化祭でお互いステージに上がることになった。
ただ音楽を聴くだけだったオレが
表現する側に変わったきっかけだった。
中学が終わるまでの3年間、ほとんどがヨモの家で過ごし、
たまたまオレの向かいの家だったのでお互いの家をよく行き来していた。
あまりにもヨモの家にい過ぎて、家に帰らなかったため
オレは親に捜索願いを出されるとこだった。
高校になるとヨモは学校で知り合った「塚本」とよく遊んでいた。
偶然、塚本はオレと中学の頃塾がいっしょだった。
オレは高校でも音楽を続けていたが目指していたのは美術だった
ヨモは相変わらず音楽をやっていた。
高校が終わる頃、ヨモのライブイベントに誘われて参加することになった。
初めて大きな会場でお互いライブをした。
ヨモとは別のバンドだったが、やはりその時もずば抜けて上手だった。
『ライブ』という素晴らしい感覚と感動をオレは初めて知った。
高校卒業と同時にヨモはプロミュージシャンを目指し上京した。
オレは芸大にいってすぐに辞めて、一応デザイナーになった。
それでもバンド活動は続けていたのだが、
やはりあの時のライブの感動を忘れられないままでいた。
3年の時間が流れ、ヨモが東京から一時地元に帰って来たとき
いきなり「東京で一緒に音楽をやろう」とヨモがオレにいった。
オレはその時まで東京なんて行く気もさらさらなかったが
ヨモが東京に帰ってから1ヶ月間、毎日電話をオレにして、
「東京に来い」と何度も何度も言って来た。
しまいにオレはその気にさせられて、東京がどんなものかも知らず、
ギターとベースだけもって上京してしまった。
大きくオレの人生が変わった瞬間だった。
上京してすぐ、ヨモは「ユキオ」というドラマーをオレに紹介した。
ユリイカを知っている人ならすぐ分かると思うが、
ユリイカの元ドラム、「石間 ユキオ」だった。
ヨモが上京して通った音楽学校にユキオがいたからだ。
ヨモ、ユキオ、オレで
「EARLY CLAM CHOWDER」(アーリークラムチャウダー)
というバンドを結成した。
オレらは真剣にバンド活動に明け暮れた。プロに成る為。
「バンド」という楽しさを身に染めると同時に
プロになる厳しさを学んだ。
2年経ったある日、突然ヨモがバンドを辞めると言った。。
独りになることを選んだのだ。
2001年の秋だった。
それまでは毎日と言っていいほど顔を合わせていたが
解散してからは会う機会が減っていった。
ヨモの中のなにかが変わっていったのかもしれない。
でも、ヨモは一人になっても音楽は続けていた。
一番の寂しがりやが独りになって、それでも諦めずに
夢を追ってがんばっていた。何かの為に。
ヨモの小学校からの親友にして悪友、唯一ヨモが憧れている人物、
「さっちゃん」がよく東京に遊びに来ていた。
さっちゃんとはオレも中学から一緒でよく遊んだ。
塚本もたまに来ていた。
独りになったヨモを励ましに。
オレもまた独りになってしまい、
名古屋に帰るか、夢を追い東京に残るか迷っていた。
オレも周りの人間の助けもあり、東京に残ることにした。
そして1年もしないうちにゆりいかと出会った。
今のオレのバンドのヴォーカルだ。
ユキオを誘いオレは自身のバンド、『ユリイカ』をつくった。
もう一度バンドで頑張る決意をすると同時に。
ヨモは好んで独りになっているように思えたが、
それでもたまにお互いの家で、中学のときと変わらず
夢を語り合った。
ヨモには何度も励まされた。
挫けそうになってもヨモも頑張っとるから
オレもやろうと思えた。
しかし、突然ヨモが音楽を諦めた。
そして名古屋に帰ってしまった。
また一つヨモの中で何かが崩れたのか。
ショックだったがオレは自分のことを頑張ることに精一杯だった。
あいつは昔から結局一人でなんとかして来た人間だし、
あいつほど音楽が好きな奴は今まで見たことがなかったから
どうせまた音楽をやりに東京に戻ってくるだろうと思った。
案の定、
帰ってから半年も過ぎた頃、
やっぱり音楽やりに東京に戻ると言い出した。
仕事もやりつつだがしかっり準備していくと、
もう立ち直ったよと言っては音楽の話で電話の会話がよく弾んだ。
そして今年の元旦にヨモは東京に戻って来た。
ユリイカのツアーに一緒に回るために
たくさん曲を描くんだとはりきっていた。
そして彼の夢であるビックな人になると。
仕事も頑張っていた。
4月には名古屋から遊びに来たさっちゃんとヨモと
新宿で一緒にのんで、がんばろーやと話したりしてた。
オレはヨモの曲が楽しみだった。
何故なら彼の曲はホントに良い曲ばかりだから。
あんなにセンスがいい奴はなかなかいない。
昔からヨモの曲が好きだった。
オレの曲づくりもヨモの影響をいっぱい受けた。
そして誰もが認めるのはその声の良さだ。
もちろん唄もうまい。
みんなが認めてる。
だからヨモが世に出るのは当然だと中学からおもっていた。
ヨモとまた一緒にライブをするのがスゴい楽しみだ。
はやくヨモの新曲が聴きたいよ。
催促の電話でもしたろーかな。
最近、連絡もないし。
電話してもでないし。
きっと曲作りに励んどるんやな。
: come as you are
2006年、夏。
ー7月10日、月曜ー
朝からスタジオ。前日は渋谷ラママでライブやった。
いいライブが出来て良かった。
27日のイベントにはもちろんヨモも誘ったるわ。
スタジオから帰って夜。
ヨモの親友のケイコちゃんから
ヨモと連絡とっとる?て電話が来た。
最近しとらんよと伝える。
どうせ家に隠るのが好きだから
いつものように誰とも連絡とらずに
家で音楽しとるんだわ。
ユキオも連絡とってないようだ。
しゃーないでライブの報告も含めて
オレが一番家近いし、顔でも見に行ったるかあ。
普段はわざわざ家なんかには行かないが、
なんでかこの日は出かけてみた。
PM22:00過ぎ
ヨモの家は駅のすぐそばでアパートの1階。
あいつはコーラと赤のマルボロ(タバコ)が好物。
会うときはいつもこれが手みやげ。
これがあれば何時間だって話していられる。
ヨモの部屋の前の小階段を昇ると
窓が見える。閉まっていて暗かった。
。。
あー、留守かな。部屋がうっすら黄色いから
豆電球かな。
玄関はカギが閉まっとる。
でも、、
オレには留守には思えなかった。
普通ならドアを叩くけど
それもしなかった。
なんだかひどく胸がざわめく。
何故なら、ヨモの部屋からは嫌な臭いがしたから。
まさかとはおもって他も匂ってみたが
やはりヨモの部屋からだった。
直感とその直感を信じたくない直感があった。
窓のカギは閉まってなかった。
オレは窓をあけた。
より一層強い匂いがした。と同時に
「ヨモっ!」と呼んだ。
中はシーンとしていて、
手前の部屋のテーブルにはカップラーメンが一つと
飲みかけなのか缶ビールがあった。
ヨモは酒は飲めない。だれか友達が来ていたんやな。
奥の部屋はやはり豆電球で暗かった。
その時点では何にも見えず、
ギターとビデオ等が置いてあるラックが見えただけだった。
しばらくして目が暗いのに慣れて来た。
強い臭いは相変わらずだった。
ぼんやりとした灯りのもとで
一匹の虫が飛んでいるように見えた。
その下に黒い布の塊があった。
よく目を凝らしてみると
なんだか足の形にみえてきた。
オレの体形やったら窓から入れると思い。
入ろうと思ったが、一瞬頭が冷静になった。
怖くなって窓を閉めた。
足は駅前の交番に向かっていた。
警察にも部屋の臭いを確認してもらい
大家さんからカギをもらい
玄関を開け、警官が足にビニール袋をかぶせ中に入った。
部屋の電気がつけられ、
オレは玄関から中をみた。
そこには
ヨモであろう
足と肩、
そこから伸びているというより
落ちているかのような手。
手と言っても人間の色はしてなかった。
オレの胸の中の全てが張り裂けそうだった。
何も信じたくはなかった。
そんなわけがなかった。
あるはずがない!
警察が
「亡くなられてます。」
「首を吊られてました。」
と言った。
何故か、驚きもしなかった。
涙もでなかった。
ただ、あまりにも見つけるのが遅過ぎた。
ヨモ、 すまん。。
ヨモは
ラックに黒い布ヒモを巻き長座したまま首を吊っていた。
耳にはイヤホンをし、その先にはMDウォークマン。
きっと音楽でも聴きながら逝ったんやろか。
ヨモの親を始め色んな人と連絡をとった。
自分の口からありのままを何度も伝えることによって
自分を納得させているんだと思った。
もう時間は次の日になっていた。
ヨモはすぐ警察署に搬送された。
夜中、家に帰ったオレは初めて
声を出して泣いた。
ー7月11日、火曜ー
一睡もしないまま、朝からヨモのお母さんから電話が鳴った。
東京に着いたと連絡があった。
お昼すぎには親しい人達や名古屋からきた友人が
ヨモのいる警察署に集まった。
ヨモが桶に詰められる前、
警察に顔を拝ましてもらえるよう頼んだ。
とても見れるようなものではないと
断られた。
警察の報告は
死亡日時、6月28日の夜。
死因は首吊りによる自殺。
体の表面はもう腐敗して溶けてしまって、
ウジだらけになっているということだった。
それでも、無理を言って
オレとさっちゃんと名古屋から駆けつけてくれた
ヨモの小学校の同級生、
オレとは中学からの同級生の「カツユキ」が
ヨモの顔を見た。
顔を見た瞬間、『バカかっ!』とさっちゃんが言った。
ユキオは見れなかったと言っていた。
オレは見てやらなきゃいかん気がした。
見て、『アホだ』と言ってやらなきゃいかん気がしたから。
そしてヨモは火葬場に運ばれて行った。
火葬されるのは12日だということだ。
午後、
今までの人生の中で一番しんどい事を経験することになる。
でもそれがヨモが俺たちに残した最後のやっかい事だと思うと
やっぱり、憎めない。
その最後の試練は
とても息なんか出来ない臭いとウジ虫だらけの
ヨモの部屋の掃除だ。
ヨモの部屋は畳なので早くしないと畳の下に
しみ込んだ腐った血でウジがまた湧いてしまうからだ。
すでに亡くなってから12日間も過ぎている。
オレとユキオでやることにした。
体を覆う色んな防着と消臭スプレー、虫退治スプレーを
買い込んで、
鼻に脱脂綿をつめてマスクを3重にしてカッパを
被り、ヨモの部屋に入った。
5分で気が遠くなった。
とりあえず、臭いをなんとかしなければ
作業どこではないので、
二人両手に消臭スプレーを持ち、
1時間半ずっとスプレーを撒きまくった。
それでも臭いは変わらなかった。
とてもじゃないので、臭いは我慢する事にして
片付けを始めることにした。
遺書等ないか注意しながら、掃除をしていった。
結局、遺書はなかった。
30℃近くの気温。
ビニールの防服が汗で体に張り付いて
自分の体の一部の様な感覚だった。
畳に上の絨毯にはしっかりと
ヨモ形をした血糊が残っていて
そこにはたくさんのウジ虫がいた。
ヨモの爪も落ちていた。
ここにいる何百匹のウジがみんな
ヨモの体から生まれたのだと思うと
複雑だが、考えてしまうと手が止まってしまうので
とにかくスプレーをして殺した。
途中からさっちゃんとカツユキも手伝ってくれた。
オレたちはヨモに悪態ばかりをついて
それでも手を休めることなく
ひたすら掃除をした。
きっとヨモはこれをやるのが
俺たちだと分かっていたに違いない。
そして俺たちの格好をみて笑ってるにちがいない。
そう、皆で言い合いながら、辛いのを紛らわした。
こんなにもめんどくさいことでもヨモだから許せる。
もう二度とごめんだ。
「それでもこれは俺たちにしか出来ないことだから。」
そう思った。
ヨモのケツを拭くのはいつもオレらだった。
夜、塚本も東京について
ヨモのお母さんとお父さんと共に
俺たちの作業を見守っていた。
作業が終わった時には
すっかり俺たちはヨモになっていた。
正確にはヨモと同じ臭いになっていた。
とくにオレは。
それからは、ヨモの臭いがするたびに
今そこにヨモがおるんだわっと言いあった。
やはり風呂に入っても臭いは消える訳がなかった。
23時ごろにやっと皆が泊まるホテルに戻り
それからヨモを偲んで飲む事にした。
思い出を皆で語り合った。
やっぱりヨモは皆に好かれていたのだと
再確認した。
それでもヨモは独りだったと言うのだろうか。。
結局、オレは朝の7時まで飲んだ。
そして8時には起こされた。
また、この日もほとんど眠る事はなかった。。
−7月12日、水曜ー
今日はヨモの火葬だ。
昨日、呼べる人間には声をかけた。
たくさんの人が来てくれると
あいつも寂しくないだろう。
火葬の際に吸いかけの赤いマルボロを
ヨモの桶の上においた。
こんなバカなことする奴に
新品のタバコは持ったいなさ過ぎる。
オレのバンドの仲間、
ムラムラや、かわじょ、ゆりいかも来てくれた。
アーリークラムチャウダーの時のスタッフや、
新宿の仕事場の同僚。
沢山の人に骨を拾われてあいつは幸せだ。
遺影はとてもきれいだった。
でもなんだか勝ち誇ってる様に見える。
『どうや?やってやったわ!』
なんて言っとるようなので
腹が立ってお焼香を投げつけてやった。
あいつに礼儀は似合わん。
ちっともカッコ良くない。
オレの知っとる「死」は
もっとカッコイイもんだった。
それがこのアホのせいでちっとも
そう思えなくなってしまった。
「お陰で生きなかんくなったがや。」
午前中にはヨモは骨壺に納まった。
そして昼からまた浴びるように飲んだ。
とても美味しそうな料理が続々と出て来たが、
昨日のヨモのせいで全てヨモの味がする。
香りもヨモ。
美味しそうなカニもヨモ。
なんじゃそりゃあ。またあいつにやられた。
日曜日から寝ずが続き、
全身が酒になるくらい飲んだが
ちっとも酔えん。
眠くもない。
これもかれも全部ヨモのせい。
こうやって言えるのもこれが最後だと思ったら
最後にやっぱり泣いてしまった。
ヨモのために涙なんて一番アホらしいのに。
オレの人生の中でたった一人の、唯一の幼なじみが
いなくなった。
早過ぎるよ、ヨモ。
本当に独りになったのはオレの方だわ。
ヨモとは話を選ぶ必要がなかった。
ありのままを全て語るだけだったから。
もう、そんな話をできる奴がこの世にはおらん。
どうすればええや?
ヨモはいつも
『よしかわなら大丈夫やらー、しっかりしとるもん。』
会う度に言う。
今回もきっとあいつはそう思って、
オレにも何も言わずにいきやがったと思う。
そんなにオレは強くはないで、ヨモ。
でもオレは、
あいつの曲を世にだしたらないかんと思った。
「ああ、やっぱりこれからも頑張らんといかんのかぁ」
形見にヨモが作曲するのに使っていた
ボイスレコーダーを貰ってきた。
録音、57曲。
再生を押せばあいつの歌声が聴こえてくる。
オレの胸の中の再生を押せば、
15年分のヨモが流れてくる。
もう、お前のためには泣かんよ ヨモ。
あんなにいいお母さんとお父さんを
どんだけ悲しませとんだ。
「アホ。」
オレがいく少しだけの間、
そこで独りで反省しとけ。
おまえはこっちじゃ独りじゃなかったんだよ。
オレは、おまえが出来んかったこと
全てやりつくしてからそっちにいったるわ。
それを散々お前に自慢したるわ。
そのためには、後50年生きても
足りん気がする。
これもまたヨモもせいだ。
ほんとにアホだわおまーわ。
オレに「音楽」というものを教えてくれた人物。
オレに「東京」というものを教えてくれた人物。
オレに「アホ」というものを教えてくれた人物。
最後に、
オレに「生きること」というものを教えてくれた人物。
蓬田 典孝 『ヨモギダ ノリタカ』
ほんじゃあ、また後でな
ヨモ
2006年06月29日
2006年06月28日
言えない。
特別な言葉なんか浮かばないから。
ありきたりでありのまま。
同じフレーズを何回も使い回した。
アゲクの果て。
僕は言葉を知らない。
と
「 気づいた 」
2006年06月12日
作って弾いて。
今日はライブ前の日曜日で
家でアコギを練習してました。
ずーっとやってるとアホになるので
甘いものでも食べようと思い、
クレープをつくりました。
フライパンで生地をうすーく焼き、
生クリームをたてて、
チョコを削り、
バナナを切って
チョコムースをつくり、
巻き巻きして喰った。
うまかった。
ええやろ?
そんでもって
きしめん作って
喰った。
ええやろ?
ギターもええ感じやった。
ええやろ?
家でアコギを練習してました。
ずーっとやってるとアホになるので
甘いものでも食べようと思い、
クレープをつくりました。
フライパンで生地をうすーく焼き、
生クリームをたてて、
チョコを削り、
バナナを切って
チョコムースをつくり、
巻き巻きして喰った。
うまかった。
ええやろ?
そんでもって
きしめん作って
喰った。
ええやろ?
ギターもええ感じやった。
ええやろ?
2006年06月10日
曲に込める思い。
「君が想へば」の曲は
神も聖書もいいけど、必ずしも
正しいとは限らないから
まずは自分を信じてみては?
と、そーゆー
意味を込めて書いてます。
なんで
自分自身のことを
いろいろと
想像
してみてください。
自分の未来とか。
きっと、
少し、
楽しくなるはずだから。
2006年06月06日
ライブに行ってきました。
何年かぶりに客席からユリイカのライブを見たわ。
ええ曲やったぁ。。(本音+見栄)
なんだか恥ずかしさすら覚えた。
ほんまの客観とゆーのを味わったよ。
ステージは素敵に見えました。
あんなとこ立つもんじゃねえなあ。
でも、
かれこれ8年は立ち続けてるわ。オレ。
なんでかって?
「好きだから。」
2006年06月03日
遺 言。
よく笑い、よく食べる人が大好きや。
そーゆー人は周りを暖かくするもんで、
他人から必要とされるし
長生きすると思う。
オレは
儚いものや、
切ないモノに
好んで命を削る習性があるから
たぶん
長生きはしんやろなあ。
命を削るんやから
それ相応のものは残すつもりやけど。
それもまた、
儚いものなのかもしれんね。
2006年05月13日
バンドマンは金がねー。
めっちゃDS欲しいんやけど、
それを買うよりも買わないといけんもんが
あるんですよ。
ライブとか見たこと在る人は分かると思うけど、
アーティストの足下にエフェクターっていう
小さな色とりどりの金属箱が並んでるのを
見たこと在りますか?
あれは一つ一つシールドって言うコードで
繋がれててあの箱を踏むことによって
音がかわるんですが、
その箱と箱のわずか5、6センチの間を
繋ぐためのコード。それすら
1本3,000円くらいするわけですよ。
ましてやその箱から楽器まで繋ぐ
長いシールドになると
かるくDSを超えて買える値段なんです。
たかがコードですが、
されどコード。
良いものを使えば音もよい。
が、
値段は高い。
楽器はわりと
「良いもの=値段が高い」
の正比例だと思います。
音楽本気でやるなら
200万くらいはへっちゃらで飛んでいきます。
ローン、ローン、ローン で
ツモ。
とゆーことで、
DS買うかそのシールド買うかで悩んでます。
いやいや、悩んじゃダメでしょ?
音楽やってる人やもん。 オレ。
それより、オレの右横で
寡黙にギターを弾いてる少年が
新しいギターを買おうか迷っとります。
そのギター、値段は
320,000 程。
オレのベースよりかは安いので
早く買やーって言ってやりました。
彼ももーすぐツモだ。
2006年05月08日
2006年04月10日
そうなんですよ。
実は俺、こう見えても
歳上キラーなんです。
はい、そうなんですよ。
え?
あぁ、そうかもねー。
はい。
ん、?
へ〜そうですか?
まぁ、そうゆうのがあるんですかねぇ?
えぇ、一応。。
え〜っとっ、
まあそんな感じですよ。
あ〜、なるほど。
だからかぁ〜、
はい。
そうかも、、
え”っー!!!
試してみます?
2006年04月02日
時も過ぎればねぇ。
「満たされると死にたくなる。」
なんて思ったのはいつの日の頃か。
と、
ぼけっとしとったら
口からつゆが垂れた。
ここだけは(だけか?)
昔から締まりが悪い。
あ。
つゆと言えばもうすぐやなぁ。
なんて思ったのはいつの日の頃か。
と、
ぼけっとしとったら
口からつゆが垂れた。
ここだけは(だけか?)
昔から締まりが悪い。
あ。
つゆと言えばもうすぐやなぁ。

